【学校で教えてくれない社会科】シリーズは、教員免許を保有しているツベルクリンが、学校で先生が教えないような、無駄でちんけな役立たない社会科の授業を行っていくシリーズ記事です。今回は「中二病っぽい歴史用語」を学んでいきたいと思います。
前回の8時間目の授業(声に出して読みたい歴史用語)はこちら
中二病とは、思春期にわずらってしまうという難病です。過剰な自意識やそれに基づくふるまいをしてしまうという病気で、のちに黒歴史として思い出し苦しむという後遺症が残ります。
wikipediaの「中二病」の項目では、中二病の具体例として、次の6点が挙げられています。
①洋楽を聴き始める。
②旨くもないコーヒーを飲み始める。
③売れたバンドを「売れる前から知っている」とムキになる。
④やればできると思っている。
⑤母親に対して激昂して「プライバシーを尊重してくれ」などと言い出す。
⑥社会の勉強をある程度して、歴史に詳しくなると「アメリカって汚いよな」と急に言い出す。
ツベルクリンはかつて中学校で社会科を教えていました。もちろん、生徒は中二病をわずらっている患者ばかりでした。そういう中二病患者が喜ぶような歴史用語があると思うんです。
今日はそのような"中二病っぽい歴史用語"をご紹介し、中二病患者の読者を喜ばせるとともに、新たな患者を発生させようと企んでいます。
また、その歴史用語の解説を簡単に付け加えていきます。こうなると普通に"学校で教えてもらう社会科"になってしまい本末転倒ではないかと自問自答しているのですが、誰もそんな事気にしてないので問題ないのです。
<目次>
カノッサの屈辱
出典:http://www.gregorius.jp/presentation/page_32.html
ツベルクリンが"中二病っぽい歴史用語は何?"と聞かれてまず思い浮かんだ用語が「カノッサの屈辱」です。まず"屈辱"って漢字がいいです。中二病真っただ中の14歳くらいが何とか頑張って書けそうなレベルの漢字です。そして、屈辱って書いてドヤ顔している中二病患者の顔が思い浮かびます。
時代は11世紀後半のイタリアです。当時のイタリアの王様ハインリヒ4世が、キリスト教のトップに君臨するローマ教皇グレゴリウス7世と喧嘩をしてしまいました。
怒ったグレゴリウス7世は、ハインリヒ4世にキリスト教からの破門を言い渡します。破門とは、キリスト教の信仰を強制的にやめさせることであり、死ねって言われているようなものです。
ショックを受けたハインリヒ4世は、グレゴリウス7世に謝りにいくために、わざわざ彼が滞在していたカノッサ城を訪ねます。
カノッサ城がこちら
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/カノッサ
グレゴリウス7世は、最初は『ええ?本人来てるの?ここまで?うわぁ~マジで引くわ(´・ω・`)』と会うのを拒絶しました。ハインリヒ4世は、雪が舞う中、裸足になり断食をし3日間城門の前で待ち続けました。この出来事をカノッサの屈辱と呼んでいます。最後は、グレゴリウス7世側が折れ、ハインリヒ4世を許しました。
なお、謝罪後ローマに帰ったハインリヒ4世は『まじあのグレゴリウスうざいわ~。絶対潰す( `ー´)』と、手のひらをクルクル返しして、グレゴリウス7世を攻撃し彼をローマ教皇の座から引きずり落とします。やられたらやり返す、倍返しだ!!精神です。
平家にあらずんば人にあらず
出典:https://matome.naver.jp/odai/2141699010462418201/2141699279967029003
中二病患者は自分が神に選ばれた人間だと思っています。もしくは、自分にはすごい力が秘められていると信じ込んでいます。もちろん、それが14歳ぐらいの思春期の子であれば、『成長とともに治ります』と言えるのですが、いい大人がそう思っちゃってるとそれは悪性で早急に対処が必要と言えます。
平安時代の終わりごろ、平清盛(たいらのきよもり)を筆頭とする平家一族は栄華を極めました。それを象徴するセリフが『平家にあらずんば人にあらず(平家じゃなかったら人じゃないわ)』です。たぶん、小学校の社会科でこのセリフを習います。そして、小学生ながら平家にドン引きしてしまうのです。
そもそもこのセリフを言ったのは有名な平清盛ではありません。平時忠(たいらのときただ)という人物です。彼は、平清盛の夫人である時子の弟です。彼が『平家にあらずんば~』と言ったのは彼が44歳の頃とされています。44歳で中二病発症とは手に負えません。
2012年に大河ドラマ『平清盛』が放映されました。上の写真は大河ドラマで平時忠役を演じた人物です。彼は宮沢りえさんの旦那さんです。そして上戸彩の元カレです(´・ω・`)
ご存知の通り、平家は1185年の壇之浦の戦いにおいて源氏側の源義経(みなもとのよしつね・鎌倉幕府初代将軍源頼朝の弟)の軍に敗れ政権を源氏に奪われます。
『平家にあらずんば~』と言った時忠は『平家はクソ!もちろん源氏が一番!』と言い出し、何となく生き残ります。平家側の武将は戦いに敗れ自害したり処刑されたりしましたが、時忠はしれ~っと生き残り、普通に平和的に病死しています。現代の会社員は、彼の手のひらの返しっぷりとゴマすりを見習うべきなのです。
テニスコートの誓い
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/球戯場の誓い
歴史的な出来事は、それが起こった場所も割と重要な気がします。たとえば第二次世界大戦末期に行われたポツダム会談は、ドイツのポツダムという街で行われました。そして、テニスコートという訳分からない場所で宣言されたのが「テニスコートの誓い」です。なんか中二病御用達の漫画『テニスの王子様』を思い出します。
時は1789年のフランス。当時のフランスは身分社会で、平民たちは支配者より差別されていました。そこで立ち上がった平民身分の議員たちが"国民議会"というグループを結成しました。
一方、支配者側の皇帝ルイ16世は6月20日、平民身分の議員たち議会から締め出しました。締め出された平民議員たちは、議会の外にあった屋内テニスコートにおいて『俺たち絶対に解散しないもんね~!!』と宣言したのです。これをテニスコートの誓いといいます。
これが原動力になって、のちのフランス革命につながります。別名「球戯場(きゅうぎじょう)の誓い」といいます。こっちのほうが中二病っぽいですね(知らんけど)
天誅組の変
出典:https://www.tankosha.co.jp/ec/products/detail.php?product_id=1509
「天誅組(てんちゅうぐみ)」っていう名前がもう説明不要の中二病感を漂わせています。しかも中二病患者の妄想の中ではなく、実際に歴史上存在したグループなのです。
1863年、江戸時代の終わりころの話です。当時ブームだった思想として"尊王攘夷"というものがありました。天皇を敬い、外国人を排除するという思想です。まあ昔の中二病です。その過激派の一部が天誅組というグループを結成し、幕府の役所を襲撃したのです。この事件を、天誅組の変といいます。
あっけなく鎮圧されてしまいますが、幕府の役所をいきなり襲撃するという事件は大きな衝撃を与えました。中二病は、妄想しているうちはまだ生あたたかい視線で見守れるのですが、実行しちゃうとね‥(´・ω・`)
血の日曜日事件
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/血の日曜日事件_(1905年)
中二病患者は「闇」とか「黒」とか「血」などの言葉が好きです。そんな中二病患者は思わず興奮してしまうのがロシアで起こった「血の日曜日事件」です。
事件が起こった1905年、ロシアは日本と戦争をやっていました(日露戦争)。結果的にロシアは戦争を続けられなくなって日本に敗北してしまうのですが、続けられなくなった原因がこの血の日曜日事件なのです。
労働者階級が自由や貧困の解消などをもとめて、武器を持たずにデモ行進を行ったのです。『デモをすれば皇帝様も何かやってくださるだろう('ω')ノ』といった気持ちでデモ行進していると、突如として軍隊がデモ隊へ発砲。この発砲事件を血の日曜日事件といいます。
この事件後、反皇帝運動が盛んになりその対応に追われたロシアは、日本との戦争継続を断念する結果となったのです。
まとめ
ご覧いただきありがとうございました。
当ブログをご紹介してくださったブロガーさんがいらっしゃいました
ご紹介していただいた記事はこの記事です。
24歳の方だとそもそも"ツベルクリン"自体なんのことか分からないかもしれませんね~。もしかして、「ツベルクリン」っていうバンドがいると思われたかもしれません(´・ω・`)
※ツベルクリン‥結核の診断に使用する注射のこと。小1と中1の時に強制的に打たれる注射。2005年に廃止された
どうやら、役立ったみたいです。しかしながら、この【学校で教えない社会科】シリーズは、学校で教えないような無駄でちんけな役立たない情報をお伝えすることを主旨としていますので、ある意味不本意です。例えるならカップルが
彼氏『今日家に遊びに来る?』
彼女『え~、別に何もしないからね♡(照)笑』
と言いながら期待して家に行ったら本当に何もしなかったことと同じです。
むーさんありがとうございました(*'▽')
明日は日曜日ですから、ブログの更新もお休みです(サザエさんを見るため)
月曜日は【同情するなら土産くれ!】山口県編を更新予定です(´・ω・`)
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