日常にツベルクリン注射を‥

現役の添乗員、そしてなおかつ社会科の教員免許を所持している自分が、旅行ネタおよび旅行中に使える(もしくは使えない)社会科ネタをお届けするブログです♪

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「つ」と「ら」の話

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現在もそうですが、私は「滑舌(かつぜつ)」が悪いです。自分の滑舌の悪さに気付いたのは小学1年生のころでした。

 

 

当時の私はどうやら「つ」が発音できてなかったみたいです。「つ」を「とゅ」と発音してしまうようでした。友達から指摘されて、自分でもそのように発音していることに気付いたのです。まあ、気づいたところで対処のしようがないので、しばらくその"欠陥"を無視していました。

 

その頃、クラスメイトにYという友人がいました。どうやらYは「ら」が発音できないらしいのです。Yが発する「ら」は、私の耳には「だぁ」に聞こえました。Yは「らくだ」を「だぁくだ」と発音してしまうのです。

 

2人は共に「ある平仮名が言えない症候群」を発症しているということで、それ以降急速に親しくなっていきました。

 

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そんな時、他のクラスメイトがあろうことか担任のM先生(当時50代後半のおばちゃん)に、私たちの症候群を告発しちゃったのです。すると、ある日の放課後、M先生は私たち2人を呼び出してこう言いました。『あなたたちは"つ"と"ら"が言えないのだから、2人で練習して言えるようにしなさい!』と。理不尽な説教です。

 

私は『ツラいなぁ~』と思ったのです。でも、ここにいる2人は『ツラいなぁ~』を発音できません。『とゅだぁいなぁ~』になってしまいます。

 

次の日から2人の猛特訓が始まりました。昼休みに教室で練習することにしたのです。私は「ら」をきちんと発音できたので、Yが『だぁいおん』とかほざくたびに、『今のはいかんよ』と偉そうに説教していたのです(もちろん、Yから私への説教もあったけど)。

 

M先生は、定期的に私たちに抜き打ち発音テストを実施しました。2人に対するお題は共通で「つらら」でした。私が発音すると『とゅらら』、Yが発音すると『つだぁだぁ』になってしまいます。2人同時に発音したら『とゅだぁだぁ』と共鳴してしまい、何がお題か分からなくなってしまいます。

 

2人とも当然言えません。するとM先生は、まるで全員分の給食のカレーライスをこぼしたかのように怒りました。『何で言えないのかしら!』と。

 

M先生のスパルタに我慢できなくなった私は、ついにやらかしちゃいました。

 

ある日の給食準備中、2人に対して抜き打ち発音テストが実施されました。またもや2人とも失敗。M先生は『まだまだ練習が足りません!』と、けなしました。そこで、私の我慢の糸がプツンと切れてしまったようです。

 

これ以降は私の記憶に全くない。数年後、当時の様子について友人から得た証言をまとめると以下の様子だったようです。

 

 

M先生に向かって『このクソババア!』と罵倒し、先生を殴った後、教室を飛び出した。小学生の足ならババアの足に勝てると思ったのだろう。しかし、教室から50mほど行った階段のところで捕獲され、抱きかかえられて教室へ送還されたらしい。

 

その後も、2人で懸命に発音練習をしました。そして、その日は突然やってきました。ある日の掃除時間、友人が私に『"妻に用心、爪楊枝"って言ってみて!』と言ってきたのです。恐らくからかうためだろうが、言葉選びは意味不明です。私は、何の意識もせず、そのセリフを言いました。

 

すると、友人の表情が変わった。『今の"とゅ"じゃなかったよ!ちゃんと"つ"やったよ!』

 

あっけない幕切れだった。今までの努力が報われたのかどうかは不明だが、とにかく言えるようになったらしい。

 

噂を聞いたM先生が私にテストしに来たが、きちんと発音できていたらしい。そして、みんなが『おめでとう!』と私の元にやって来て祝福してくれた。当時のクラスメイトにとって"〇〇(私)が「つ」が発音できない"ことは周知の事実であり、同時にそれが打破された事実は、驚きをもって迎えられたのです。

 

一方、Yはまだ「ら」が言えてませんでした…。それ以降も、私はYの練習相手になってあげたのですが、結局小学2年生に上がるまで「ら」が言えなかったのです。

 

やがて、もうすぐ2年生にあがる3月、M先生の口からYが転校することが伝えられた。どうやら"よこはま"という場所に行ってしまうらしい。私は、それがどこにあるのかは分からなかったけど、多分もう会えないんだろうな、というのは何となく分かりました。

 

Yが転校する日、私はYの見送りに行きました。お別れの時、Yは私に向かってこう言った。

 

 

 

 

 

『今まで一緒に練習してくれてどうもありがとう。さようなだぁ!』

 

 

 

 

あれから、長い月日が経ちました。今となってはYがどこで何をしているのか全く分かりません。あれからちゃんと「ら」が言えるようになったのでしょうか‥。

 

 

 

 

 

 

この文章を書いたのは、私が中学3年生の時です。当時流行っていたとあるSNSの日記に、「友人だけに公開」という範囲で書いた文章をコピペした物です(YとかM先生とかは、普通に名前書いちゃってたので、イニシャル表示に編集しています)。

 

私やYの症候群は、「構音障害」というやつです。大学での教師の免許を取得するときの授業で習いました。

言語機能と構音障害 - 歯とお口のことなら何でもわかる テーマパーク8020

 

幼児~小学生低学年のころに発症する構音障害は、成長に伴って治っていくので心配ないようです。

 

この文章は、私の人生における「初エッセイ」みたいなものです。言わば、私流の文章を書く土台になった文章です。そのことをふと思い出したので、15年ぶりに日の当たるところに出してきたって感じです。当時の文章をそのまま出してくるのは、問題ありまくりですが、中二病爆発させてた頃ですから、ご容赦ください。

 

この文章を読むと、なぜか初心に戻れます。広告とかアフィリエイトとかに捉われていない純粋無垢な文章を読むと(*'ω'*)。皆さんも純粋無垢だった中学生時代を思い出してみてください。きっと、枕に顔をうずめたくなるような黒歴史を思い出すでしょうから‥。

 

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