【時には昔の雑誌を‥】シリーズは、筆者である私所有の昔の雑誌を、解説を入れながら読んで行くシリーズ記事です。今回は、1932年(昭和7年)1月に講談社が発行した『新時代婦人心得 知らねば恥大画帖』をご紹介していきます。
戦前に発行されたマナー本、『新時代婦人心得 知らねば恥大画帖』。前年の1931年に満州事変が勃発し、日本は長い戦争の時代に突入していくわけですが、まだマナー本を出す程度には国内に余裕があった、って時代でしょうか。まぁそんな時代の雑誌です。
この雑誌、『これを人前でやったら失礼集』とか『男女交際のおきて』とか『こんな親は馬鹿だ』みたいな特集が組まれており、1930年代当時の価値観が非常によく分かる資料になっていて、読んでいてとても面白いです。
面白いので何回かに分けて送りいたしますが、今回は前半部分、『新時代接客作法』をご紹介してまいります。今週から毎週更新(全3回)の予定です。
お客を自宅に招く際の作法、ならびに自分が客として誰かの邸宅を訪問する際の作法がまとめられています。93年前の本にはどんな作法が書かれているのか見ていきましょう。
※文章中の仮名遣いや漢字等は私が現代の仮名遣いに書き換えています(例:整へ→整え。ふさはしく→ふさわしく 用ゐる→用いる など)
<目次>
雑誌内の掲載広告
女性向け雑誌なだけあって広告も化粧品関係の商品が並んでいます。1個1個詳しく見ていこうかとも思ったのですが、全体の文章量が結構多くなりそうなので、各自勝手に読んでください方式に替えます(*'ω'*)
訪問接客作法(和室編)
<訪問客>
訪問者は身体を清潔にし、髪を整え、行き先や用向きによって適当な服装をいたします。化粧は年齢にふさわしく上品に、また服装も場合を考えて選びます。いたずらに派手で目立ちやすいものばかり選ぶのはかえって下品に見せるもので、むしろ滑稽になる場合さえあります。また、特にある1品だけが人目を引くという事も考えもので、なるべく全体の調和がとれた統一のあるものを選んで用いるようにしたいものです。
<取次>
玄関前でショールを外し、静かにベルを押して取次を乞います。受ける方では来客と知ったならばすぐに出てお取次ぎをいたします。知りながら長く待たせたり、家人が客を見ながら取次かず、召使の者を呼んでいる声などの聞こえるのは感じが悪いものです。
客は中から声のあった場合、または玄関の戸を開けていただきましたら、静かに中に入り、一礼して名刺を出し主人または主婦の在否をたずねてお取次ぎを乞います。取次の者は右手かまたは名刺受の盆でこれをつつましく受け、全て親切丁寧にして来客の最初の印象を明るく快く迎えるようにいたします。
ベルの無い宅では『御免遊ばせ』と言葉をかけてから戸を開けて取次を乞い、また親しい間柄で名刺を用いない場合は、自分の姓名を先に申し上げてからお取次を乞います。
みなさんもうっすらと感じたとは思いますが、この本は全体的に当時の富裕層向け用です。庶民の家に召使とか女中みたいな人いませんし、来客の方だって一般庶民が『ごめんあそばせ』とか言わないでしょ(*'ω'*)
<履物の脱ぎ方>
客は履物玄関の下手に寄せて正しく揃えて脱ぐか、または手数をかけぬために、後ろ向きになって揃えて上がります。いづれにしても家人はお客が上がった後でそれを中央に正しく直しておきます。
もしお客が2人以上の時には1足ずつ適当な間隔を置いて揃えます。また、履物が泥などで汚れておりました時には、ざっと拭い清めておくようにいたします。
<案内の仕方>
客はハンドバックや手回りのもの以外はきちんと玄関にまとめて置いて取次のあとに従います。取次はお客の左斜め前に立って静かにご案内をし、客間の入り口で襖を開け『どうぞあちらへ』と、まずお客をお入れしてその後に従って入り、座布団をおすすめします。
<主客の挨拶>
主人は客が目上の方ならば玄関までお出迎えします。お友達などに対してもそうした方が大層快いものです。後輩の方などに対しては、まずお通ししておいてから出てもよろしいのです。静かに襖を開けて『ようこそお出でくださいました』と快くご挨拶をかわします。同輩などに対しては、この写真(上写真)程度に頭を下げればよろしく、くどくどと長口上を述べ何遍もお辞儀をするのは見苦しく聞き苦しいものです。
<座布団の進め方敷き方>
お客の挨拶がすみますと主人は『どうぞあちらへ』『どうぞお敷き遊ばしてくださいませ』と座布団をすすめます。客は一礼して爪立って静かに体を回して膝で座布団の中央へ進み入ります。
あまり遠慮して敷かなかったり、また座布団の位置を勝手に変えたり、膝の上に敷き込んだり、ちょっと端だけへ膝を載せたりしているのはいずれもあまりよくありません。
"お敷き遊ばす"とかいう上品なパワーワード。このまま続きをお読み遊ばせてくださいませ(*'ω'*)
<お茶とお菓子>
お寒いときはまず暖かい火鉢をすすめます。火鉢は灰を綺麗にし、炭は正しい形のものをよくおこして形よく組み合わせ、周りの灰をよくおさえておきます。火ももう火力の弱ったのは失礼ですし、まだ盛んにガスを発散しながらおこりつつあるのも衛生上害があります。火鉢は普通右横にすすめます。客は火鉢にしがみついたり、火や灰をかきまわしたりせぬよう注意します。
火鉢に次いで温かいお茶をお上げします。正しくすれば菓子を初めにし、次にお茶という順序ですが、普通はお茶を先に出してもよいのです。略式には茶托、丁寧にすれば高茶台など相手によって適当にします。寒い折にはお茶の冷えないよう、お茶碗をお湯で温めて、薫り高い煎茶を六、七分目くらい注ぎます。
念のため解説しておきますが、茶托(ちゃたく)はこれ
そして高茶台はこれ
35年生きてきていまだに高茶台でお茶を出されたことはありません。高茶台にふさわしい人間になれるよう精進します(*'ω'*)
<お話の仕方>
お菓子は総菓子として、1つの菓子器に盛ったものを、お客へ進めても、また主人が銘々菓子皿に取り分けて進めてもよろしいのです。
総菓子の場合はまず正客の前へ進め、正客は一礼して懐紙を出し、それへ1ついただいて回します。すすめられたものはあまり遠慮せずに喜んで頂きます。あまり遠慮過ぎると、せっかくの美味しいお茶も冷えて、主人の好意が無駄になります。お茶は写真のように持ち、喉を鳴らしたり、すする音を立てたりせずに、静かに3口くらい飲みます。
お菓子は柔らかい蒸し菓子ならば、楊枝かフォークを添えて出します。客はそれで適当の大きさに切って食べます。粉や餡のこぼれやすいものは、懐紙を左手に乗せてその上で食べ、終わったらすぐにしまうものです。
懐紙(かいし)とはこういうやつです
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2つ折りの和紙のことで着物の懐に入れて携帯します。今で言うポケットティッシュです。
<続き>
お客は茶菓を喫しながら愉快にお話をいたします。お話をするときは相手の顔から胸のあたりを見て、殊に相手の目を無邪気な気分で見ます。他人の批評とか着物の事、下品な話、身体の内部の話、汚い話などは避け、互いに趣味のある有益な上品な話題を選びます。
面白い時には心地よく笑うことは結構ですが、あまり大げさな笑い方は下品に見えます。また、お話中主人が座を立つことは客に不愉快な感じを与えます。
『ごめん遊ばせ』『どうぞお敷き遊ばせ』とか上品な挨拶をしてた2人が、席に着いた瞬間ド下ネタトークしてたらそれはそれで面白いですけどね(*'ω'*)
<子供の挨拶>
お親しい方で、之という用向きも無いお客様ならば、時には家人や子供などもご挨拶に出し、お邪魔にならない程度にお話を伺ったり、遊んだり致します。そういう場合に子供の躾なども自然にできるわけです。この場合お母さんは甘やかしたりむやみに叱ったりなどして、お客に不愉快な思いをさせぬよう注意いたします。
迎え入れる側に子供がいる場合の留意点ですね。どんな人は来てるのかなぁ~なんて障子越しにのぞき見するような子も可愛いものです(*'ω'*)
<子供のご相伴>
子どもには間食は時間を定めてさせた方がよろしゅうございますので、客の前でお菓子を与えることなどはあまりいたしませんが、ちょうど時間もよく、客に対して邪魔にならない様な場合には、ご相伴をさせることもあります。
もっとも、これは平素十分躾をよくしてある子供に限って出来ることで、あまりお行儀のよくない子供とか、また四、五歳以下の小さな子供には、親しい方でない限り見合わせた方がよいでしょう。
<お見送り>
客のお帰りの時には、主人は玄関までお見送りいたします。玄関では客にコート、ショールなどをお召しになるようにすすめ、お手伝いもします。客はあまり遠慮してせっかくの好意を無にせぬよう一礼してきます。畳の上で着せていただく場合は跪いてした方が、見送りのため座っている人々に対して感じがよろしゅうございます。
すっかり支度がととのいましたならば、お別れの言葉を述べて帰ります。主人側では客の姿が見える間静かにそのまま見送っています。笑い声をたてたり、戸を急いで閉めたり、夜など電灯をいそいで消したりなどしないものです。すべての客のもてなしは、客が訪問してよかったと感じるようにしたいものです。
お見送りの際の主人側の姿勢について、兼好法師も『徒然草』で言及しています。
"『やがてかけこもらましかば、口をしからまし』(32段目)
現代語訳:お客を送り出してすぐに戸締りをしてさっさと家の中に入ってしまったらどんなに味気ないだろう"
訪問接客作法(洋室編)
<呼び鈴>
訪問の時間は、特別の場合のほかは午後1時から4時ごろまでがよろしく、服装はアフターヌーンドレスを着ますが、あまり改まった場合でなければ、アンサンブルでも間に合います。急いで歩いてきた時などはちょっと気分を落ち着けてから静かにベルを押します。
ちなみに私は休日の午後1時から4時は息子と昼寝しているので、呼び鈴鳴らされた日には、もうぶん殴ります(*'ω'*)
<取次と案内>
取次は急いでドアを開けてにこやかに挨拶をし、『どうぞ』と招き入れて名刺を頂きます。客は右手親指と、人差し指とで名刺の上部を軽く持ち、平らにして渡し、取次はじーっと見入ったりしないで『少々お待ち遊ばしてくださいませ』と、しとやかにいそいで奥へ入ります。取次はあまりお客を待たせぬよう急いで出て心地よくご案内をいたします。
階段の場合は左斜め前に立ち、遠慮がちに登って行きます。狭ければまずお客様を先にし、後について登ります。ご案内を済ませたらあとでお客様の履物は正面に直しておきます。
出たよ『お待ち遊ばして』!本当に遊ぶぞコラ(*'ω'*)
<握手>
主人は他にお客が無ければ、客間の外まで出ておじぎをしても、握手をしてもよろしいのです。握手は親しい間柄ならば、親愛の情がこもって嬉しいものです。右手を自然に前方に出して先方の手を取り、注目しながら2,3秒間握ります。形ばかりに指先のみ握るのも、力を入れすぎるのも失礼です。握手は年長者から目下に、女子から男子に、主人から客に対して、という順序にするもので、誰とでもいつでもするものではありません。
<椅子の進め方>
洋室では入り口に遠い方、または塗り込みのストーブの前などが上座になります。寒い時などはこの暖かいストーブに近くの安易な椅子を、お客様におすすめします。もっとも夏は涼しい風通しの良い窓近くの椅子をすすめた方が親切でもあり気が利いています。
<紅茶とお菓子>
紅茶をすすめる際に、略しては砂糖を匙の上に乗せ、ミルクまたはレモンなどをお茶の中に入れてすすめます。給仕の際にお飲み物は右側からお上げします。
主人と客ともにお茶は冷えないうちに砂糖をカップの中へ入れます。そして右手にスプーン、左手にとってを持って静かにかき回し、スプーンをカップの向かい側におき、カップのとってを右方に回して右手で持って飲みます。その間に給仕は菓子皿に盛ったお菓子にフォークをつけて、客の左側からおすすめします。
丁寧にすれば、最初紅茶茶碗や菓子皿を客の前にすすめておいてから、給仕もしくは主婦がティーポットを持って右側から八分目ほど注いで差し上げ、別に砂糖、ミルク、レモンなどを各容器に入れ、盆に載せてお客の左側からすすめてご随意に取って頂きます。
客は砂糖を1、2個取ってスプーンの上に載せるか、茶碗の中へ入れ、レモンまたはミルクも好みによって入れます。お茶のおかわりの場合もやはりこのようにします。
『これ紅茶じゃなくてもコーヒーでもいいのかな?』と軽く疑問に思ったのですが、そもそも戦前はインスタンコーヒーはおろか(インスタントコーヒーが一般に普及したのは昭和30年代以降の話)、レギュラーコーヒーを抽出する器具が家庭に普及していない時代でした。戦前、コーヒーは喫茶店へ足を運んで飲むものであり、家庭で気軽に楽しめるものではなかったのです。
一方、紅茶に関しては1971年(昭和46年)に紅茶の輸入が自由化されるまでは、日本で紅茶をガンガン生産していたという時代背景がありました。もともと緑茶を飲む習慣があった日本人ですから、おそらく戦前は洋室で飲む飲み物はコーヒーではなく紅茶が主流だったのでしょう。
<サンドウィッチ>
客はお茶を頂きながら、菓子皿のそばに用意してあるフォークで菓子を頂きます。軽いサンドウィッチなどを勧めることもあります。これもいちいち給仕が持ち廻って勧めても、また心安くテーブルの中央に出しておいて、主婦が勧めてもよろしいのです。客はその2,3片を取って自分の菓子皿の上に置き、お茶を飲みながらこれも頂きます。
とにかく主人と客ともに愉快にお話しするのが第一ですから、あまり食べることのみせず、お話の合間合間にボツボツ頂きます。
すいません、私はたぶん食べることに集中しちゃいます(*'ω'*)
<お見送り>
客は遊ぶために訪問した時のほかは、一通りお話が済みましたら、あまり長居はせずにおいとまをいたします。挨拶を交わした後、主人は玄関までお送りいたします。
階段を降りる際は主人は先にまたが左斜め前に立ち客はそれに従います。玄関では主人は客に外套(がいとう、コートの意)をおかけしてあげ、時には外までお送りして別れの挨拶をいたします。
<お見送り(続き)>
門外まで出て自動車に乗られるのを見送ることもあります。客としては『もう十分でございますから、どうぞおかまい下さいませんように』と申します。
また主人が好意をもって乗り物を用意して差し上げた時には『大層お寒くなってまいりましたからどうぞお召しくださいませ』『そのままお乗り捨て下さいますように』などと言います。客は『大層お手数おかけ申しまして恐れ入りました。それではありがたく頂戴いたします』などと感謝の意を表します。
今までの文章でもうっすらと富裕層感を出してはいましたが、ついに自動車が登場しちゃいました。
ここで戦前の自動車保有台数についてみてみましょう
出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/newgeo1952/41/2/41_2_13/_pdf
上図は1万人あたりの自動車保有台数を示しています。例えば東京では1930年(昭和5年)時点で1万人あたり40台、1935年(昭和10年)時点で約43台となっています。すなわち、1930年代に自動車を持っている人の割合は全体の約0.4%ってことになります。
保有率0.4%という数字からも想像つくように、この時代は保有者自らが運転するというより、専属の運転手を雇って運転させる、みたいな時代でした。
ってなると、この雑誌は専属の運転手に運転させて知人の家を訪問するみたいな超富裕層向けに書かれているってことになるんですけど、そんなピンポイントな層向けに書いたところで読者の需要ってあったのかなぁ~と心配になってきます。庶民が手にして読んだところで、自動車のくだりのところで『はぁ~!(・へ・)』ってなりそうです。
終わりに…
よく『最近の若者はマナーがなってない!』って言われがちじゃないですか。もちろん一理あるんですが、1932年にマナー本が存在していたってことは、きっと当時も『最近の若者(1910年前後生まれ世代)はマナーがなってない』って思われていたと思うんですよね。
この私の認識は決して的外れなものではなく、過去記事を引用しますけど
"「一般に最近の世相はテカダン(道徳が乱れ健全ではない様子)に過ぎる。この世相が意志の弱い青年男女をどんどん不良の徒の中にまき込んでゆくのだ、これは社会共同の連帯責任である。単に家庭とか学校とかだけを責める訳にはゆかない、しかも旧道徳は時代思想に打ちこわされ、しかも新道徳の建設なく、今の若い人達は正にその迷路にさまよつているのだ。"
出典:『東京朝日新聞』1929.8.7付けより引用
といったように、1929年(昭和4年)の時点で、若者の風紀の乱れを指摘する新聞の社説が登場していたことが分かります。1930年代にマナー本が登場したのも、1930年代の若者はマナーがなってない、と思われていたことの証拠だと思っています。
もちろん、マナーが備わっていないのならば正しいマナーを勉強する必要はあるので、今の若者も93年前の若者と同じように、礼儀作法を勉強していって欲しいな、と思います。と同時に、過度に若者への評価を下げる必要も無いのかな、と思っています。だって、みんな若者の時代があったわけですから(*'ω'*)