日常にツベルクリン注射を‥

現役の添乗員、そしてなおかつ社会科の教員免許を所持している自分が、旅行ネタおよび旅行中に使える(もしくは使えない)社会科ネタをお届けするブログです♪

【スポンサーリンク】

たぶん一生行かない絶海の孤島をピックアップしました

スポンサーリンク

スポンサーリンク

 

会社で自分の机だけが窓際の孤島みたいな位置にある皆さん、こんにちは(๑・̑◡・̑๑)

 


一度は行きたい絶景!みたいな場所ってあるじゃないですか。その逆の"多分行かずに人生を終える場所"みたいな場所もありますよね。北朝鮮とか多分行かないじゃないですか(*'ω'*)

 

一生行かないような場所のカテゴリーの1つに「絶海の孤島」ってありますよね。この記事では、多分人生で1回も行かないよねって言い切れるような絶海の孤島をご紹介していきます。この記事を読んで絶海の孤島に行った気になってください(*'ω'*)

 

 

<目次>

 

 

 

 

アセンション島

出典:アセンション島 - Wikipedia

 

イギリス領の総面積91K㎡の島。絶海の孤島はその立地を逆手に取る感じで補給地として使われがちです。アセンション島はアフリカ大陸とアメリカ大陸の真ん中に位置しているので、戦艦や戦闘機の給油&休憩地として使用されています。島内にアメリカ軍とイギリス軍の基地も設置されています。

 

出典:ジョージタウン (アセンション島) - Wikipedia

 

また、現在では通信会社の中継局が設置されており、通信会社の職員が常駐しています。すなわち、この島には通信会社の社員と常駐兵士が常時駐在しており、島の人口は1000人ほどを数えます。

 

 

 

 

 

セントヘレナ島

 

 

出典:セントヘレナ - Wikipedia

 

イギリス領の島で面積は122㎞²。どのくらいの広さなのかピンときませんが、神奈川県川崎市の面積が142㎞²なので、市町村程度の広さはあるってことです。

 

人口は4000人程度であり、絶海の孤島の割には結構住んでる感はあります。まあ、同じくらいの面積の川崎市には150万人以上住んでいますからね。セントヘレナがガラガラなのか川崎市がギュウギュウなのか分かりませんけども。

 

絶海の孤島って場所も名前も知られていない雰囲気がありますけど、このセントヘレナ島は"皇帝ナポレオンが流された島"ってことで、世界史的には有名です。その事実だけでもってるような島です(*'ω'*)

 

 

出典:セントヘレナ空港 - Wikipedia

 

島へのアクセスですが、2000m級のしっかりした滑走路を持つセントヘレナ空港が存在し、南アフリカ共和国との定期便が就航されています。この記事で紹介する絶海の孤島の中では比較的到達難易度が低い島ではあります。たぶんナポレオンのおかげです(*'ω'*)

 

 

 

 

 

ブーべ島

出典:ブーベ島 - Wikipedia

 

ノルウェー領、面積は49㎞²の無人島です。アフリカ大陸と南極大陸の中間地点にあるしまで、まさにトップオブザ絶海の孤島に君臨する島です。というのも、最も近い他の陸地までの距離が1700Kmあり、これは地球上でもっとも離れた距離になるからです。言い換えるならば、地球上で最も隔絶された土地、ってことです。

 

ってか、一番近い他の陸地って厳しい自然の広がる南極大陸なので、もしブーべ島に飛ばされたら詰みな気がします(*'ω'*)

 

 

 

出典:バルディビア岬 - Wikipedia

 

そもそも、ブーべ島自体も半分南極大陸みたいな気候ですし、海岸も上の写真のような急な崖が続くので、ひょっとすると南極大陸に飛ばされる方がマシなのかもしれません。

 

 

 

 

 

トリスタン・ダ・クー二ャ島

 

 

出典:トリスタンダクーニャ - Wikipedia

 

イギリス領、面積は207㎞²の島。人口は260人前後。有人島のなかでは最も他の陸地と隔絶されており、「世界一孤立した有人島」とされています。

 

トリスタンダクーニャとは、この島を発見したポルトガル人冒険家の名前からとられています。現在島に住んでいるのは19世紀初頭に入植してきた欧米人の子孫だとされています。

 

 

出典:エディンバラ・オブ・ザ・セブン・シーズ - Wikipedia

 

住民は全員、島内唯一の集落であるエディンバラに住んでいます。見た感じからお分かりのように、ほとんど平地が無い島で、島のほとんどを火山が占めています。

 

1961年10月に火山が爆発、住民は領国であるイギリスへ全島避難を行いました。ただ、やっぱり絶海の孤島に戻りたかったようで、安全が確認された1963年にほぼ全員が帰島を果たしています。どう考えてもそのままイギリス本土に住んだ方が人生イージーモードなはずなんですけどね(*'ω'*)

 

 

 

 

 

ポセッション島

 

 

フランス領、住民は研究施設の職員のみ(数十人)。面積は150㎞²。クローゼー諸島で一番大きな島。絶海の孤島というより、絶海の諸島、と言った方がいいでしょうか。ほぼ南極みたいな場所。南極みたいな場所ですけど、氷河におおわれているわけではなく、1年を通してほとんどの期間雨が降っています。

 

 

 

氷河にはおおわれていませんけど、ペンギンはいます。

 

出典:クローゼー諸島 - Wikipedia

 

絶海の孤島は、人間にとっては給油地や寄港地だったりしますが、ペンギンにとっては貴重な営巣地になっていたりするんですよね。

 

 

 

 

ディエゴガルシア島

 

出典:チャゴス諸島 - Wikipedia

 

モーリシャス共和国の一部。チャゴス諸島の中の1島。数千人が居住しているがほとんどが米英の軍関係者。面積は36㎞²。

 

 

インド洋の真ん中にポツンと存在しています。島の形なんですけど、

 

出典:ディエゴガルシア島 - Wikipedia

 

こういう形好きよ(*'ω'*)

 

 

この島ですが、モーリシャスとイギリスの間で領有権をめぐってずっと争われていました。もともと、イギリス領でしたが、どうしてもイギリスから独立したかったモーリシャスが、『ディエゴガルシア島を含むチャゴス諸島をあげるから代わりに独立させて(∩´∀`)』とイギリス側へ要求。その要求が認められる形でモーリシャスは独立、ディエゴガルシア島はイギリス領のまま残されました。

 

その後、イギリスと協力関係にあるアメリカがガルシア島へ進出し、軍施設を建設。絶海の孤島は、色んな大陸の中間地点に存在していたりするので、実は基地を建設するのにもってこいの場所だったりするんですよね。ガルシア島に住んでいた先住民は強制的にモーリシャスへ移住させられました。

 

結局、モーリシャスとイギリスとの間でガルシア島の領有権をめぐって裁判にまで発展、イギリス側が折れる形で2025年5月22日、領有権がモーリシャスに返されることになりました。

 

ただ、基地はそのままで、機密性もあるのでモーリシャスに移住させられた元島民の帰還は許されないままです。まあ、モーリシャスとしてはイギリス側から土地使用料をもらえることになったのでもうそれでいいのかもしれないです(*'ω'*)。

 

 

 

 

南鳥島

 

出典:南鳥島 - Wikipedia

 

日本の領地であり、日本最東端でもあります。面積は1.5km²。他の陸地から1000㎞以上離れており、日本国内で考えたら間違いなく「絶海の孤島」であると言えます。

 

明治時代にこの島でリン鉱石が採取できることが分かり、採掘従事が定住していましたが、昭和に入ると資源が枯渇してきたので事業所は撤退。その後、旧日本軍がこの島に進出、住民は疎開させられました。

 

現在では、自衛隊関係者や気象庁の職員など数十人が常駐しています。

 

出典:南鳥島 - Wikipedia

 

島って円形のイメージがありますが、南鳥島は三角形。島の周りはサンゴ礁に囲まれていますけど、サンゴ礁のすぐ外側(白波の外)の海はいきなり深さ1000m級になります。何それ怖い(*'ω'*)

 

 

 

 

トロメリン島

 

 

アフリカの島国、マダガスカルの東450㎞にあるフランス領の島がトロメリン島です。面積は1㎞²に満たない小島で、周囲は1.7キロ、一番標高が高い地点でも7mという平たい島です。島全体が砂地で覆われており、たいして植物も木々も育たない不毛の島でした。

 

 

当記事でご紹介している孤島の中では、孤島感はやや薄れるんですけども、この島は紹介せずにはいられないです。この島は、まさにリアル漂流記ともいえる壮絶なエピソードが残されている島なんですよ(*'ω'*)

 

 

"1761年マダガスカルからモーリシャス奴隷を運搬していたフランス東インド会社奴隷船ユティール号が島の珊瑚礁に座礁した。乗組員らは救命用の筏でマダガスカルにたどり着いたのだが、約60人のマダガスカル人の奴隷たちはこの島に取り残された。15年後にトロムラン艦長らが生存者を救出したが、生存していたのは7人の女性と生後8か月の子供であった"

出典:トロメリン島 - Wikipedia

 

 

一応、艦長を擁護しておくと、救命艇には人数制限があったことと、艦長はすぐに救出しに行くようフランス政府に依頼していますが、政府がなかなかOKを出さなかった(遭難しやすい海域なので)、って事情もありました。

 

要するに大して広くないし大して植物もない孤島に取り残された60人を15年後助けに行ったら、7人+新しく誕生した赤ちゃんが生き残っていた、って話です。どうやって生活してたんだよ、って話です。

 

 

それを詳しく話すと多分本1冊の量になりそうなので、各自勝手に検証サイトを読んでみてください(*'ω'*)

小さな砂の孤島に60人が遭難!15年後に生存者が発見された【トロムラン島の謎】 - ナゾロジー

 

 

 

 

 

 

 

ハウランド島

 

 

アメリカ領土で面積は1.8㎞²、島の外周は6.4㎞。無人島です。1935年ごろから化学肥料として重宝されたグアノ(海鳥やアザラシの糞 などが長期間堆積して化石化したもの)を採取するために、定住化が進められました。ただ、1941年に太平洋戦争が始まると、アメリカ領であったために日本軍の来襲に備え島民は離島、そのまま再度無人化しました。

 

この島は、女性初の世界1周飛行(赤道上の飛行にチャレンジしたのは世界初)を目指したアメリア・イアハートが最後に消息を絶った場所としても知られています。

 

出典:アメリア・イアハート - Wikipedia

 

1937年5月21日にカルフォルニアを出発、6月30日にはパプアニューギニアまで到着し、7月2日に、ハウランド島を目指し離陸しました。

 

寄港先のハウランド島の沖合に、アメリカの小型艇が飛行支援のためスタンバイしていました。その小型艇にイアハートから無線連絡が入ります。

 

『私はあなたたちの上にいるに違いないが、あなたたちが見えません。燃料は不足しています。』

 

その1時間後、

 

『私達は今、157° - 337°線上にいます。6210キロサイクルでこのメッセージを繰り返します。聞き続けてください』

 

と連絡を残したのを最後に消息を絶ちました。その後、隣接する諸島が日本領であったため、日本海軍も協力してイアハートを捜索しましたが発見できませんでした。彼女はどこに消えたのか、現在でも彼女にまつわる最大のミステリーとして語り継がれています。

 

 

 

 

 

ピンゲラップ環礁

 

 

 

 

ピンゲラップ環礁は、ミクロネシア連邦に属する孤島で面積は1.8㎞²、人口は250人ほど。第一次世界大戦が始まると、日本軍が進出し占領。1945年にアメリカ軍がやってくるまで支配下に置いていた島なので、日本にまったく馴染みが無い島、というわけではないんですよね(*'ω'*)

 

 

出典:ピンゲラップ環礁 - Wikipedia

 

真ん中はサンゴ礁によって海がせき止められて湖みたいになっています。このような湖を「ラグーン」と呼びます。地理用語です。もちろん試験に出します(*'ω'*)

 

 

ピンゲラップ環礁について1つの特色と言えるのが、島民の色覚異常発生率が異常に高い、ということです。しかも、1色覚の症状、すなわち色を全く認識できない症状を持っているのです。

 

ピンゲラップ環礁における色覚異常者の割合は10%ほどです。通常、1色覚タイプの色覚異常発生率は0.003%なので、その数値の異常さがお分かりになると思います。

 

なぜ、ピンゲラップ環礁ではここまで色覚異常者が多いのか?実は理由ははっきりしています。

 

1色覚は通常滅多にみられない症状である。この島にこれだけ広まっている理由は、1775年に島全体を襲った壊滅的な台風によるボトルネック効果にまでさかのぼる。この災害で生き残ったのはたったの20人だった。生存者の一人ナムワーキ・ムワネニースド(Nanmwarki Mwanenihsed、当時の統治者)が大元となる遺伝的条件の保有者であったと現在では考えられている(中略)ナムワーキ・ムワネニースドの子孫間で近親交配が進んだことにより潜性対立遺伝子の頻度が上昇したと考えられている現在、島内の色覚異常者の先祖をたどるとすべてナムワーキ・ムワネニースドにいきつく。"

出典:ピンゲラップ環礁 - Wikipedia

 

理由を知ると条件が合ってしまえば他の孤島でも同じことが起こりそうです。"絶海の孤島でありがちなこと"、といった感じでしょうかね(*'ω'*)

 

 

 

 

イースター島

 

 

チリの領土で面積は164㎞²、人口は7750人ほど。神奈川県川崎市よりもちょっと大きい。でも川崎市の人口が150万人ってことを考えると、人口密度はユルユルです。

 

そもそも正式には「パスクワ島」と呼びます。パスクワはスペイン語で復活祭を意味します。イースターは英語由来の語で和訳すると復活祭、すなわち「復活祭=パスクワ=イースター」ってことです。じゃあもう日本人的にはイースター島で良くね?(*'ω'*)って思えてきます。

 

一番近い有人島まで2000㎞以上離れていますし、れっきとした"絶海の孤島"なんですけど、これまでに紹介してきた絶海の孤島に比べると知名度が圧倒的に高いというか、『なんかワンチャン死ぬまでに行けそう…』感もあったりします(*'ω'*)

 

 

 

じゃあどうやって日本からイースター島に行くのか調べたんですけど

 

出典:神秘に満ちた絶海の孤島へ!イースター島おすすめ観光スポット 16選│クラブツーリズム

 

赤ルートは、旅行会社が企画するチャーター便(タヒチからイースター島まで)を使用するルート。一般の旅行者は青のルート、すなわちロサンゼルス→サンチャゴ(チリ)→イースター島の旅程。

 

 

2025年もイースター島ツアーが催行されるみたいで

『エアタヒチヌイエコノミークラス特別直行便利用(タヒチ〜イースター島間)/神秘のイースター島と憧れのタヒチ島 8日間』|クラブツーリズム

 

旅行代金85万円です。さきほどワンチャン死ぬまでに行けるかも…とかほざいていましたが、旅行代金考えるとアレです。だったら宮崎にあるモアイ像観に行った方が安上がりです(*'ω'*)

 

www.tuberculin.net

 

 

 

 

 

【番外編】中ノ鳥島

 


【番外編】と称して最後に紹介する孤島は、日本の中ノ鳥島です。この孤島はまさに【番外編】と言ってふさわしいんですけど、島の概要をwikipediaから丸パクリしてくると以下の感じになります。

 

 

"1907年(明治40年)8月、東京市小石川区諏訪町(現在の東京都文京区後楽)の山田禎三郎が、東京府小笠原島から560浬の位置に島嶼を発見、上陸して探検、測量まで試みたとされる。(中略)

 

 1908年(明治41年)4月28日に「小笠原島所属島嶼発見届」と島の地図を添えて小笠原島庁へ発見の報告を行った。(中略)「小笠原島所属島嶼発見届」によると、島は外周1里25町(約6.67 km)、面積64万3700坪(約2.13 km2)、サンゴ礁と思われる植生もあった。また、島にはグアノが積もってできるリン鉱石で覆われており、これは当時、火薬原料や肥料として重要視されるものであった。(中略)

 

 山田はこの島を開発するため日本による領有を訴え、1908年(明治41年)7月22日の閣議決定により「中ノ鳥島」と名付けられ、日本領に編入された。しかし、中ノ鳥島はそれ以来再び発見することができず、特に大正時代には周辺海域を大規模に探索したが、全く発見できなかった。1913年(大正2年)、「吉岡丸」なる船が中ノ鳥島開拓に向かったが、島を発見できずに終わっている。1927年(昭和2年)9月には通報艦「満州」による調査が行われたが、島は発見されていない。こうして暗黙のうちに実在しないということでガンジス礁とともに1943年(昭和18年)の海軍水路告示により日本海軍の機密水路図誌から削除された。(中略)

 

 1946年(昭和21年)11月22日の水路告示第46号において「中ノ鳥島及ビソノ北方約14浬ニ圖載シテアル疑存礁ハ精測ノ結果存在シテイナイコトガ認メラレタ」として、不存在として一般の水路図誌からも削除されることとなった。

 

 中ノ鳥島の記述は告示に従い順次削除されたが、改正されていない水路図や地図は依然として民間で流通しており、1953年(昭和28年)に出版された『高等新地図』(地勢社)に描かれるなど、新規発行の地図にも記載されたことがある"

出典:中ノ鳥島 - Wikipedia

 

 

この章で最初に掲載した中ノ鳥島が載っている地図は、1953年発行の『高等新地図』からの引用です。

 

 

ざっくりとまとめると、『山田という実業家が「太平洋上で新しい島を見つけた!」って報告してきたから、日本政府は普通にそれを信じて中ノ鳥島って名付けて地図にも掲載したけど、結局公式に発見されたことは1度もないよ~(^v^)』って話です。

 

中ノ鳥島のように、一度は存在が信じられたもののその後の調査によって存在が疑わしくなった島のことを「疑存島(ぎそんとう)」と言います。中ノ鳥島周辺はかなり深い海域で、海底火山が隆起するような場所でもないので、短期間に島が出来たり消えたりする可能性は低いと言えます。つまり、山田氏は嘘をついたんじゃないか説が浮上してくるわけです。

 

 

じゃあなんで山田氏は「島を発見した!」みたいな壮大な嘘をつく必要があったのか?って話なんですけど、たぶん今で言う投資詐欺みたいなことなんですよね、きっと。

 

 

"中ノ鳥島の発見報告書には「高純度の燐鉱石が大量に存在する」「(羽毛を取ることのできる)アホウドリが多数生息している」という記述がある。これらは当時商品価値の高いものであり、実際に山田の名義でこれらの事業を実行する許可を求めている。当時沖大東島(ラサ島)においても燐鉱石が採掘され、開発者に莫大な利益をもたらしていることと照らし合わせても、中ノ鳥島はあまりに都合のよい「もうかる島」だといえる。

 ところが、この絶海の孤島を開発するためには多額の初期投資が必要なことも確かである。従って「島の開発資金を集めるという名目で詐欺話を企てた」との推測が可能である。話に信憑性を持たせないと投資家が資金を出すことはないので、国に申し出て国土として認定を受けたと考えることができる。"

出典:中ノ鳥島 - Wikipedia

 

 

まあ、でもこんな詐欺みたいな話を日本政府は信じて領土に"編入"しちゃうんだから、昔って緩いですよね。ちなみに、現在の日本政府の見解としては『中ノ鳥島の存在は現在確認されておりません』です(内閣官房長官 村岡兼造 1998年4月7日第142回国会参議院総務委員会における発言)。存在しない、とは言ってない(*'ω'*)

 

 

 

 

 

終わりに…

『もし、まだ誰にも見つかっていない孤島を発見したら、自分だけの国を作って独立出来るんじゃね?』って妄想していたら夜眠れなくなっちゃうのは私です(*'ω'*)

 

www.tuberculin.net

 

↑ クソ古い記事ですけど、一応内容を更新しています

 

【スポンサーリンク】