
【時には昔の雑誌を‥】シリーズは、筆者である私所有の昔の雑誌を、解説を入れながら読んで行くシリーズ記事です。今回は、『anan』の1975年(昭和50年)2月20日号をご紹介していきます。
先日、女性雑誌『non-no』を当シリーズで取り上げたんですよね
この記事をアップするやいなや『anan』派の方から「なんでこのブログはnon-noばかり取り上げるの?ananも紹介しなさいよ!』というお叱りの声が殺到したと言えば大噓になります(*'ω'*)
ただ、『non-no』だけ取り上げて『anan』を取り上げないのは不公平なので、当ブログではきちんと両方、しかも同じ1975年発行の昭和臭いものを取り上げますよ(*'ω'*)
『anan』とは、1970年から発行されている女性雑誌です。出版社はマガジンハウス(旧平凡出版)です。対象は20代前半~の女性です。
wikipediaには
"商業誌の性格上、さまざまなジャンルにおいて購買意欲を向上させる記事が多いため、ファッションを評釈するためのいわゆる被服系モード誌とは異なる。現在は芸能・旅行などカルチャー関連の特集も多く、女性が興味を持つことならばなんでも取り上げる「雑食系」の総合週刊誌に成長している"
って書いてました(*'ω'*)
ちなみに私は『anan』は読まない(読まなかった)人なんですけど、1回だけ買いました。B’zの稲葉さんが表紙を飾った号です。2024年7月17日号です。

いや、普通に買うでしょ。もちろん、読まずに食べました(*'ω'*)
今回も前回に引き続き解説はmiyokoさん(♛Queens lab.)とちえさん(ちえのシニアライフ)に勝手にお願いすることにします(*'ω'*)
<目次>
春のファッション教則本

まずはファッションについて勉強しましょう!ってノリなんですけど、中身は全部スカートオンリーです。
先日アップした『non-no』ではロングのストレートスカートをゴリ押ししていましたが、『anan』は幅広いスカートを押さえています。順に見ていきましょう。

まずは裾野の広いスカートであるフレアスカート。『non-no』はフレアスカートを取り上げていなかったですけど、『anan』は1発目に取り上げています。雑誌によって性格が出ますね(*'ω'*)
ただ、なぜか『anan』のファッションは時代を感じるわ。色味がそう見える要因なんですかね?1970年開催の大阪万博感あるもん(*'ω'*)

長いタイトスカートと短いタイトスカート

"ワンピースは日本人向きの洋服なのです。太った人も細い人も比較的決まりやすいスカートで~"とか書いてますけど、令和の今って「太った人」とかいうドストレートな表現しないですよね。昭和を感じます(*'ω'*)

"ニットスカートは体の線がはっきりと出てしまいます"だって。太い人は着るのはやめときましょう(*'ω'*)

ニットワンピース。特に右端の全身青のコーディネートが大阪万博のコンパニオンっぽく見えるんですよねぇ(*'ω'*)
高校生のブチックノート

高校生向けのファッションを6パターンに分けて紹介されています。

「アイビー派」とはざっくり言うとストリート系というかスポーツ系というかとにかくちょっと着崩したそういうヤツです。アメリカを模範にしたファッションですね。
現代USファッションのベースを作った アイビーとはいったい何だったのか? | knowbrand magazine
左のイラスト、味があっていい。70年代感が爆発してますわ。ナウい感じがしますけど、現在では60代後半のおばあさん世代になっています。60代後半のおあばさんにだって女子高生時代はあったわけで…(*'ω'*)


この時代を生きていないから分からないと前置きした上で、70年代の日本では女性がジーンズを着るという習慣はまだ浸透していなかったのではないか?と思っています。
マリリンモンローが1954年の映画『帰らざる河』においてジーンズ姿を見せた時には、世間はかなりの衝撃を持ったと言われています。そのくらい女性がジーンズを着る行為は異端とされたのです。
ようやく日本でも80年代に入って、女性特有の身体のラインに合わすた女性向けのジーンズが開発されるようになりましたが、1975年当時はまだ男性向けジーンズをただサイズダウンしただけの物しかなかったのではないか、って勝手に想像しています。

"流行先取り"っていうか10代の少女がちょっとだけ背伸びしてみました的なファッションですかね?左のイラストのセリフの中に"エマニエル夫人の中でこんな風にストッキングを履いていたのがとても良かった"って書いてます。
『エマニエル夫人』とは1974年に公開されたフランス映画で、まあGoogleポリシー違反だらけのアレな映画なんですけど、『anan』自体が結構性に開放的で、そういう系の特集を組んだりしてるんですよね(*'ω'*)

先日アップした『non-no』の記事でも言及した70年代のファッションの流行、「ニュートラ」。シャツやプリーツスカートできちんと感を出した上で、ハイブランドの小物を身につける、といったスタイル。神戸の女子大生から広まった、と言われています。

コンチとはコンチネンタルの略語であり、ヨーロピアンスタイルの正統派ファッションのことを指します。カチっとしていてスリムなシルエットが特徴的なジャケットやスーツを多用しています。

1970年代に婦人服メーカーとして有名だったのが「鈴屋」と「タカノ」でした。このあたりが平成生まれで地方在住の私には分からない歴史なので、それっぽいYahoo!知恵袋の質問&回答を引用したいと思います。
"鈴屋や高野の時代はアイテムバイヤー制で例えばスカートのバイヤー、セーターのバイヤー等アイテム別に仕入れて、それを店が何とかまとめていました。その頃のお客も「今日はミニスカートを買う」等はっきりしていて、欲しいアイテムを買う傾向が強い時代です。しかしオゾック当たりからトータル企画でゾーンやシーン別に色々なアイテムを構成するようになり、今までの鈴屋や高野では満足し切れない層に受け始めました。結局消費者のニーズ変化についていけなかったのだと思います。"
とのことです。
ジョイント家具の広告ページ

自分で組み立てるタイプの白い棚の紹介ページ。70年代の女子部屋のインテリアからしか得られない栄養があると思っています。
女子高生の好きな物ランキング

50年前の現役女子高生に聞いた好きな◯◯ランキング。今なら60代後半になってる女性って若い頃何が好きだったんですかね?
<歌手>
ジュリー(沢田研二)
布施明
西城秀樹
野口五郎
あのねのね
いやあ、70年代の王道歌手ばかりですよ。自分が平成生まれなので「あのねのね」があまりピンと来ないですが(名前は聞いたことある)、それ以外は平成生まれでもビンビンですよ(*'ω'*)
<タレント>
荻原健一
高倉健
赤木圭一郎
陣内タケシ
岩下志麻
平成生まれの私がこの中ではっきりと顔と名前が一致するのは高倉健さんだけですね。1975年当時って健さんすでに45歳のおじさまだったと思うんですけど、それでも当時の女子高生を虜にしていたわけですね。
荻原健一がショーケンって呼ばれていたことは知っています。岩下志麻も『極道の女』シリーズで知られていますね。赤木圭一郎は1961年に事故死した俳優であり、当時ですら死後15年経った後なのにランキングに登場するとは。ハリウッドでいうところのジェームズ・ディーンみたいな存在かしら。
陣内タケシは、日産スカイラインのCM「ケンとメリー」シリーズの初代ケン役の俳優。こちらも前年に28歳と言う若さで事後死しています。
<DJ>
城達也
せんだみつお
谷村くん(アリス)
キンキン
かぜこうじ
せんだみつおと谷村新司とキンキン(愛川欽也)は平成生まれの私でも分かります。
読者からのお便りコーナー

雑誌につきものなのが読者からのお便りコーナー。SNSの無い時代、雑誌のお便りコーナーが一般人同士の交流の場だったわけです。
お察しの通り、今から50年前なんて『個人情報保護?何それ?』という時代ですから、投稿者の本名&住所が出まくりです。
本名&住所丸出しなのに投稿内容がファンキーなんですよ(*'ω'*)

「全国の女の子たちにお願い、セーラー服を着た君たちの写真を送ってください」
自分の性欲にドストレートな内容(*'ω'*)
こんなファンキーな投稿をするのは男性だけだと思ってたんですけど

「白のスケート靴売ります。学校の授業で3回くらい使用、ピカピカです。ほんの少しキズあり」
内容だけ見れば純粋にいらなくなった靴を売りたいのかな~って思ってたけど左の添付イラストでニュアンスが激変します。これって、女性が着用済みの下着を売るみたいな話ですよね?50年前もこの手の話ってあったんですね~(*'ω'*)
広告ページ

資生堂のバスボンシャンプー。やっぱりキャップ式。プッシュ式じゃないと絶対お風呂場で使いにくいでしょ(*'ω'*)
モデルが誰なのかちょっと分からないです、ご存知の方いらしたらご教授ください。

タバスコって調味料の名前と言うより商品名といった方が正しいでしょう。調味料名で言えばチリペッパーソース。アメリカのマキルヘニー社が製造販売しているチリペッパーソースの商品名がタバスコ、っていうわけです。
1970年代にアントニオ猪木が経営していた会社がマキルヘニー社と代理店契約を結んだことで日本への周知が進んだとされています。なので、この『anan』に広告が載った時点では、タバスコはナウい調味料だったのかもしれません。

日産のスカイラインは、当時「ケンとメリーのスカイライン」という広告キャンペーンで展開され、空前の人気を誇っていました。広告の中でケンとメリーと名付けられた2人のカップルが全国各地をスカイラインに乗って旅する、みたいな設定。

少女向けの雑誌だからでしょうけど、シャンプーの広告がやたら多い気がします。当時の日本人の洗髪頻度は週2~3回程度だったとされています。シャンプー会社としては、"もっと洗ってシャンプー買いまくれや!コラ(*'ω'*)"って感じだったんでしょうね。
終わりに…
次回はもうちょっと新しい古い雑誌(2002年の雑誌)を取り上げますね。"新しい古い雑誌"って日本語がおかしいですけど、そもそもこんなブログを読んでいること自体がおかしな行為なので気にしないことにしましょう(*'ω'*)
<過去のちょっと新しめの古い雑誌の記事>