日常にツベルクリン注射を‥

現役の添乗員、そしてなおかつ社会科の教員免許を所持している自分が、旅行ネタおよび旅行中に使える(もしくは使えない)社会科ネタをお届けするブログです♪

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【時には昔の雑誌を‥】1969年発行『アサヒグラフ~人類初の月着陸』号

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【同省するなら土産くれ!】シリーズは、ツベルクリン所有の昔の雑誌を解説を入れながら読んでいくシリーズ記事です。今回は1969年発行『アサヒグラフ』の臨時増刊号「人類初の月面着陸」編をお届けいたします。

 

 

 今回は当シリーズでもはや定番となっている『アサヒグラフ』を読んで行きます。『アサヒグラフ』は1923年から2000年まで発行された報道写真雑誌です。当ブログでもよく取り上げています(ツベルクリンが『アサヒグラフ』が好きなだけです)。

 

www.tuberculin.net

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1969年7月21日、ニール・アームストロング船長以下3名の船員を乗せたアポロ11号が月面への着陸に成功しました。人類が初めて月へ行ったのです。それを記念して、『アサヒグラフ』はその特集を組みました。それが今回紹介する記事です。では見ていきましょう。

 

 <目次>

 

 

表紙ページ

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ツベルクリン所有の雑誌だということを示すために、「ツベルクリンのもの」と書いたメモ用紙を添付しています。アポロ11号は月に行ってたっていうのに、非常にアナログなやり方です。

 

恥ずかしいことではありますが、ツベルクリンは月へ行ったことがありません。"3泊4日で行く月ベストハイライト"みたいなツアーがあれば添乗したいんですけどね(๑・̑◡・̑๑)

 

 

月に行ってきました‼︎ページ

 

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まさしく月に着陸しようとしている瞬間を撮影しています。「こ、これが人類が始めて月に着陸したまさにその瞬間の写真なのかっ‼︎」と思われたかもしれませんが、違います(´・ω・`)

 

この梯子を下りているのはオルドリン飛行士であり、人類で"2番目"に月面着陸した人物です。一番最初に月面着陸したアームストロング船長が撮影した写真なのです。

 

アポロ11号に搭乗していたのはこの3名です

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出典:アポロ11号 - Wikipedia

左からアームストロング船長、コリング隊員、オルドリン隊員です。

 

月面着陸の方法を説明すると、母船と着陸船が合体した状態で月へと近づきます。

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出典:http://www.platz-hobby.com/products/3128.html

そして、月の上空で母船と着陸船が分離し、着陸船のみが月へと向かっていく、という方法でした。コリンズ隊員はこの母船に残り(つまり月には上陸していない)、アームストロング船長とオルドリン隊員が着陸船で月へ着陸。月での調査終了後、月を離陸した着陸船は、再び上空で母船と合体し、地球へ帰る、という行程でした。

 

着陸船内の様子も紹介してあります

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これ、大人2人乗るとギュウギュウになっちゃう気がします。でも行先が行先ですから興奮しちゃっているので問題ありません。もんじゃ焼きで有名な月島に向かっているのとはわけが違うのです。

 

月へ上陸したのはアームストロング船長とオルドリン隊員の2人でした。まあお察しの通り、"どっちが先に月へ上陸するのか?"という問題が浮上し、ダチョウ倶楽部のどうぞどうぞ的押し問答が続き、結局はアームストロング船長が先に上陸することになりました。

 

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なお、オルドリンは自身が"2番目"の月面着陸者になったことについて、『これは敗北である』と語っています。悔しかったんですね(´・ω・`)

 

その代わりと言ったらなんですが、良く知られている写真はそのほとんどがオルドリンが写っているものです(アームストリング船長が撮影したから)。
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オルドリン隊員です。後ろの生命維持装置カバンが重すぎるので、マイケルジャクソンのPV並みに前傾しないと姿勢を保てません。

 

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出典:http://buzz-plus.com/article/2015/02/18/michaeljackson/

 

ちなみに、空気の無い宇宙では旗ははためかないので、針金を入れて無理矢理なびかせています。

 


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2人が月に滞在した時間は2時間30分ほどでした。その時間内で、アームストリング船長は『これは1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』という絶対出発前から考えていたであろうセリフをドヤ顔で言い放ち、オルドリン隊員は、月面をピョンピョンし、お土産として21キロの月の石を勝手に持って帰るなどしました。


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人類の足跡残しまくってます。本当は綺麗にしなきゃいけませんが、「人類にとっては偉大な飛躍」ですから問題ないのです。


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アポロ11号が地球を出発してからの、分刻みの日誌が残されています。

 

1969年の7月16日午後10時32分にアメリカケネディ宇宙センターを出発したアームストロング御一行様は、21日午前11時56分、まずアームストロング船長が月へと着陸します。午後0時15分にオルドリン隊員が月へ着陸。午後0時46分、オルドリン隊員ピョンピョン跳ねる。午後2時11分、2人は着陸船へ帰る。といった感じで詳細に描かれています。

 

日本国内では、月面着陸の前からNHKで衛星生中継放送が行われており、最高視聴率68.3%を記録しました。あとの30%の人は何してたんでしょうね?(´・ω・`)

 

 

船内の様子


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宇宙船内の様子です。美人な宇宙人に遭遇する可能性もありますからヒゲを剃って身だしなみを整えています。

 

月に上陸している間以外は、3人は母船(司令船)で過ごします。母船について記事中の文章を引用します。

 

「この司令船は円すい形で、高さ3、5m、直径3.9m。この中に操縦のための機械や、宇宙食を入れておく棚などがあるから、飛行士たちのいる空間は訳6立法平方メートルに過ぎない。(中略)狭い司令塔で緊張の8日間は、地上の生活に比べれば決して快適とは言えまい」

「これまでは3人寝る時間がバラバラで、いつも誰かが起きて地上と無線で交信していたから、ただえさえ緊張する宇宙旅行で、ほかの飛行士たちはうるさくて眠っている気がしなかった。そこで、3人寝る時間をなるべく一緒にし、よほどのことが無い限り、地上から呼び出さないようにした。」

 

また、宇宙食に関する言及もあります。

 

「3度の食事は、豪華なメニューでカロリーたっぷりだが、パサパサした一口食と、インスタントコーヒーのような袋に水をつぎ込んで作り、袋に口をつけて飲むジュースなので、なんとも味気が無いのだ。マーキュリー時代(アポロ計画の前段階の時期。1958年~1963年ごろ)の練り歯磨きみたいなものに比べれば良くなったとはいえ、どうも飛行士たちには評判が悪い。そこで、普通のパンを使ったサンドイッチと、袋からスプーンですくって飲むシチューなども食べられるようになった。」

「これまでパンを食べれなかったのは、パンをちぎったりして粉が出ると、無重力空間のためふわふわただよい、それが電気配線にくっついてショートする恐れがあったからだ。しかし、配線の上にパネルをかけてからそうした心配がなくなった」

「ただようといえば、ヒゲもだ。そこで真空で吸引する髭剃りが開発されたが、うまくいかなかった。しかし、飛行士たちは普通の髭剃りクリームを使うと上手く剃れることを"発見"した。」

 

初期(1960年代前半)のチューブ式宇宙食はこちら

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出典:http://karapaia.com/archives/52116058.html

 

そして、この雑誌で言及されている当時(1969年)のアポロ号の宇宙食

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 出典:http://karapaia.com/archives/52116058.html

引用した文章にもあるように、お湯を入れて食品をレトルト状に戻すことが出来るようになりました。吐瀉物っぽいけどそんなの暖かければ気にしないのです。

 

 

帰着した3人の隊員

 

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無事地球へ帰ってきた3人です。左からアームストロング船長、コリンズ隊員、オルドリン隊員です。地球に帰ってきた3人が真っ先に向かったのが"検疫ルーム"でした。

 

宇宙に未知のウイルスが存在する可能性があるので、彼ら3人とお土産の月の石は検疫ルームで徹底した検査を受けています。上の写真は検疫中の3人です。

 

 

手塚治虫先生の寄稿ページ


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手塚治虫先生も興奮しちゃって、絵と文章を寄稿しています。

 

実はこの1969年当時、手塚先生は"終わった漫画家"と思われていました。60年代の前半に、『鉄腕アトム』などの名作を生み出し、そのアニメーション化にも成功していました。けれども、それ以降ヒット作に恵まれず、当時の世間からの認識としては、"名前は知ってるよ、でもオワコンっしょwww"だったようです。

 

手塚先生が復活を果たしたのは1973年に『ブラックジャック』の連載を開始してからです。読み切りタイプのこの医療マンガは、ツベルクリンの心を揺さぶり、大ヒット漫画となるのです。

 

 

月への旅行は実現可能か?

 

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月へ人類が到着できたのですから、次の期待は"月への宇宙旅行"ですが、果たして実現可能なのでしょうか?50年前のこの『アサヒグラフ』の巻末ページでその検証が行われています。文章を読んで行きましょう。

 

「アポロ計画が成功したからと言って、だれもが月へと行けるわけではない。もちろん、月旅行がみんなのものになる道はついたわけだが、子供からお年寄りまで手軽に行けるようになるまでには、まだいくつかの技術的進歩が必要である。早い話が今度の2人の乗組員を月へ届けるために、アメリカが使った金の額を考えれば、月旅行がいかに高いものになるかが分かるだろう。月への切符が我々にも手が出せるようになるためには、どれだけのことを成し遂げられなければならないだろうか」

 

とし、月旅行が実施できる条件を次のようにまとめています。

①乗換駅になる大きな衛星基地の設置

②月ホテルの建設、および月ホテルに物資を送るための方法の確立

③月において水や電気を生みだすための設備の建設

 

このうち①は、国際宇宙ステーションというかたちで実現しているといって良いでしょう。続きの文章を引用します。

 

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「さて、このような技術が完成するのはいつごろのことだろうか?大型衛星基地は今世紀の残り30年間にかなりいいものができるだろうが、(中略)月のホテルがお客の受付を始めるのは、早くても2010年ぐらいだろう。月への観光旅行に出かけるのは、今の大人には(寿命的に)無理という公算が高い」

 

若干予想が外れていますが、大型衛星基地(国際宇宙ステーション)は2011年に完成しています。そして、50年前の段階では"2010年くらいに月ホテル開業"みたいな予想をしていたようです。50年前の皆さん、すいません‥まだです(´・ω・`)

 

 

おわりに…

ご覧いただきありがとうございました♪

 

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