【ツベルクリンwalker】は、様々な観光地を添乗員である私ツベルクリンが徹底的にガイドしていくシリーズ記事です。今回は、新元号「令和」ゆかりの福岡県太宰府市にある「坂本八幡宮」をご紹介していきましょう。
それまで全く誰も見向きもしなかった観光地がある事をキッカケに爆発的に観光客が押し寄せるようになるって結構聞く話です。福岡県の太宰府市にある坂本八幡宮はその例です。
これまで、近くに太宰府天満宮という超メジャー受験生御用達の観光地があるのに、坂本八幡宮のほうは全く見向きもされませんでした。ところが、新元号の"令和"と関係が深いらしいという報道がされると同時に、にわか野郎&ガールがこの質素な神社に押し寄せました。
令和が始まってから半年、そろそろ落ち着いてきたと思いますのでお参りしに行きましょう♬
<目次>
坂本八幡宮の概要
出典: 大伴旅人 - Wikipedia
「令和(れいわ)」の根拠は、奈良時代に成立した書物『万葉集』の一文です。それは"于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香"であり、ここからパクって元号とされました。
この一文を考えたのは、大伴旅人(おおとものたびと)と考えられています。大伴家持(おおとものやかもち)の父親です。大伴家持が分からない人は、小学生からやり直してください(´・ω・`)。
彼は、九州の大宰府(だざいふ)という役所の役人で、現在の太宰府市に住んでいたとされています。彼の家で730年2月、歌会が開催されました。そこで詠まれたのが上の一文なのです。意味は"初春のよき月(新春正月)に、外気はよく風は和らいで、梅は鏡の前で美人がはたくおしろいのように咲き、蘭は香り袋のように薫っている"です。とりあえず『気持ちええわ!(*'▽')』ってことです。まあ、2月なのでクソ寒い気がするんですが、梅が咲いているのでOKらしいです。
そして、その一文を詠んだ彼の自宅が実は今の坂本八幡宮ではないかと言われているのです。"言われている"ですから、本当かどうか分かりません。でもマスコミさんが『坂本八幡宮は令和発祥の地!!(ドヤ顔)』と報道しまくったため、後に引けなくなった感じです。まあ、お参りする人がそれで満足すればそれでいいし、八幡宮側も『お、おう、そうやで!!(;^ω^)』と思えば何の問題も無いのです。
坂本八幡宮へのアクセス&駐車場について
近くの太宰府天満宮にはクソ広い駐車場があるのですが、この坂本八幡宮には令和フィーバーに対応できるだけの駐車場がありません。太宰府天満宮から坂本八幡宮まで徒歩30分かかるのできっと遭難します。
駐車場は周りにいくつかあります。「バス専用」という区域はこの令和フィーバーを機に整備されたものでしょう。ほかの駐車場は、坂本八幡宮というより大宰府政庁跡(奈良~平安時代の役所跡)を見学するための駐車場と思われます。
今回は、上のマップで「こちらを利用」と記述した場所に停めてみました。
込み具合はこんな感じです。日曜日の12時前後です。まあ停められないことは無いでしょう。
ちなみに、ここより坂本八幡宮に近い駐車場(バス専用のすぐ近くの駐車場)は満車状態でした。少し遠いですが、妥協も肝心です(´・ω・`)。
まずは大宰府政庁跡を見学
せっかくなんで大宰府政庁跡も見学してみます。
観光地案内看板がありましたが、「坂本八幡宮」の文字はありません。だって前は誰も参拝しなかったんだもん。
たぶん大宰府政庁跡見学者用のトイレがありました。そこそこ綺麗でした。
ここには、飛鳥時代から平安時代にかけて「大宰府(だざいふ)」という役所がありました。近畿地方に置かれていた朝廷の出先機関であり、おもにアジア方面の外交や朝廷から遠い九州地方の統治を行う機関でした。
中国(当時は唐と言った)の力が絶大の時期は、この大宰府の権力も絶大だったのですが、やがて中国の力が衰えるとそれに連動して大宰府の権限も低下していきました。大伴旅人の時代は大宰府の権限が強かった時代です。学問の神様である菅原道真が晩年、大宰府に異動になるのですが、その当時はすでに大宰府の権限は無くなっていたので、"左遷"の意味合いが強い異動でした。
※ちなみに歴史用語としての役所を示す場合は「大宰府(だざいふ)」、現在の住所を示す場合は「太宰府(だざいふ)」と書きます。漢字が違うのです。無駄知識が増えたね!!
まあ色々説明しましたが、跡地には今は何もねえ(*'ω'*)。
ここまで何も無いと、フリスピーとかブーメランとか投げ飛ばしたくなります。
坂本八幡宮へお参りしよう
大宰府政庁跡よりわき道を進んでいきます。
九州には熊はいませんがイノシシはいます。熊と違うのは、人がいても気にせず突っ込んでくることです。
坂本八幡宮まで大宰府政庁跡より徒歩4~5分です。
これが坂本八幡宮の全貌です。クソしょぼいです。でも、それは勝手にこっちが期待していただけで、坂本八幡宮サイドからすれば平常運転です。
ってか坂本八幡宮の向かい側に駐車場あったんですけど!!しかもガラガラなんですけど(*'ω'*)
右側が境内、左側が駐車場です。まさに灯台下暗しとはこのことで、一番近い駐車場が一番空いているというギャグみたいな展開です。
この神社が令和発祥の地とは確定していないのですが、もう「令和」って旗掲げちゃってるもん(*'ω'*)。
令和の基になった漢文を書き下し文で石碑にしちゃってます。前述しているようにここが令和発祥の地とは確定していないのですが、石碑を立てちゃえばこっちもんだ作戦です。
坂持八幡宮の由緒について書かれた案内板です。これはフィーバーの前から設置してあるものでしょう。案内板には一言も「大伴旅人の自宅があったよ♪」とは書かれていません。坂本八幡宮サイドもうっすらと気付いているのかもしれません。
改元から半年経って、幾分落ち着いた感はありますが、それでもこの人出です。改元初日の5月1日には、ここに1万人の参拝客が押し寄せたようです。
写真を撮ろうにも境内のサイズが小さいので特に目新しい風景の写真はないです。何も言われなければその辺にある小さなお社ですもの。
とのことです。
当然、こんな小さなショボい神社にお守り所や御朱印所があるわけがなく、急遽プレハブ小屋が造られました。
私は御朱印帳を持っていませんので代わりに半紙に書かれたものを頂きました。半紙も御朱印帳に手書きしていただくのもどちらも500円です。半紙に関しては、待ち時間なく0,7秒で頂けました。御朱印帳に手書きしていただく場合は5分ほどかかるみたいです。まあ、フィーバーの時は数時間待ちとかだったみたいですし…。
終わりに…
境内には、令和ごっこが楽しめるコーナーがありました。この写真を撮っていると子供たちが『あっ!ふなっしーだ!』と挑発してきますがもう慣れました。いつの日か『あの…もしかしてツベルクリンさんですか?』と聞かれたいです。
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