日常にツベルクリン注射を‥

現役の添乗員、そしてなおかつ社会科の教員免許を所持している自分が、旅行ネタおよび旅行中に使える(もしくは使えない)社会科ネタをお届けするブログです♪

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【時には昔の雑誌を‥】1939年2月12日号『週刊朝日』より(前編)

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【時には昔の雑誌を‥】シリーズは、ツベルクリン所有の昔の雑誌を解説を入れながら読んでいくシリーズ記事です。今回は1939年2月12日号『週刊朝日』の(前編)部分をご紹介していきます。

 

 

前回の2月5日号(前編・後編)はこちら

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今日も雑誌を通して80年前の人たちの様子をのぞいてみましょう。今回の記事では、80年前の映画の批評コーナーが特集記事として掲載されていますよ(^o^)

 

<目次>

 

表紙ページ

 

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一応、この雑誌がツベルクリンの物だと証明するために「ツベルクリンの物」って書いた紙を一緒に写しています(´・ω・`) 非常に分かりやすくアナログなやり方です。

 

『週刊朝日』は先週号を見てもお分かりの通り、女性の写真なり絵を表紙にもってきています。横顔が美人って相当美人ですよ(´・ω・`)

 

 

裏表紙広告(宇津救命丸)

 

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裏表紙が広告というのもお決まりのパターンです。この「宇津救命丸」は乳幼児用のお薬で夜泣きが激しい時とか下痢をするときに服用させるお薬でした。

 

実は今も「宇津救命丸」あります。

 スペインの悲劇終わるか?


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皆さんはピカソの『ゲルニカ』って絵画をご存知でしょうか?

 

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これです。『僕のパパがピカソと友だちでね~』『みんなもピカソの絵を家に飾るといいよ!あっごめん、こんな大きな絵、君たちの家じゃ飾れないよね(´・ω・`)』なんていうスネ夫気質な方もいらっしゃるかもしれませんが、この『ゲルニカ』はピカソが目の当たりにした戦争の恐ろしさを描いた作品です。その"戦争"というのが、記事中で取り上げられている「スペイン内戦」なのです。

 

ちなみにこの写真は最近話題の"大塚国際美術館"に行った際に撮りました。行ったときはブログ始める前だったので写真をあまり取っていなくて悔しいです(撮ってたら"今話題の美術館へ行ってみた!"みたいな記事書けたのに‥‥。これも添乗員あるある"また来るから別にいいや"って思っちゃうやつです)

 

話はそれましたが、ピカソの『ゲルニカ』の題材となったスペイン内戦は1936年から39年に渡って起こったスペイン国内の戦争です。36年にスペインにおいて社会主義政権が誕生すると、「社会主義政権とか嫌やねん(´・ω・`)」と一部の軍人が反乱を起こします。反乱軍のリーダーはフランコ将軍でした(上の記事左下の人物)

 

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出典:フランシスコ・フランコ - Wikipedia

 

フランコ将軍は、ヒトラー率いるドイツと手を組み、政府に反乱を起こします(反対に政府側はスターリン率いるソビエト連邦の支援を受けます)。ちなみに、"ゲルニカ"とは町の名前で、フランコ将軍側が爆撃した町なのです。(ピカソは、反フランコ将軍派でした)。それに抗議の意をこめて『ゲルニカ』を製作したのです。

 

記事では、首都であるバルセロナ(現在の首都はマドリード)がフランコ将軍の手によって占領された、つまり政府側の敗北が決定的になったことを報じています。記事枠外には「かつてアサニア大統領(政府側)は本社(朝日新聞社)特派員に"彼(フランコ将軍)は落ちゆく夕陽、我は昇る朝日"と豪語した。現実は皮肉である」と述べています。
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スペイン内戦後、フランコ将軍が政権のトップに君臨します。この年(1939年)の9月に第二次世界大戦が勃発します。

 

フランコ将軍はおもしろい人物で、最初は、内戦時に協力してくれたナチスドイツの味方を宣言。ヒトラーとも会談し『我々はドイツの味方だ!!(ドイツのために兵隊を出すとは言ってない)』と宣言するのですが、ドイツが負けだすと『兵隊を出す余裕があれば、喜んで(ドイツの敵の)アメリカに協力したいところである(アメリカのために兵隊を出すとは言ってない)』という二枚舌が服を着て歩いているような人物だったのです。

 

そのため、世界大戦後はスペインは世界から孤立しちゃうのですが、スペイン国内に対しては独裁政権を維持し続け、亡くなる1975年までフランコ将軍は政権のトップに君臨し続けました。

 

 

 

楽しめる新洋画総まくり

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日本の庶民一般層に"アメリカ文化"が入ってきたのは、戦後になってからと思われがちですが、実は太平洋戦争の前から日本は"アメリカ大好き"な国民だったらしいのです。

 

昭和期に活躍した大宅壮一(1900年~1970年)というジャーナリストが1929年(昭和4年)に『文士洋行無用論』という書物の中でこう言及しています。

 

今日の日本が著しくアメリカ化しているとののしられることは、フランス化しているといって褒められるよりも、むしろ喜ぶべきことだと言わねばならない。フランスはすでに老衰期に入った国であり、パリは完全なる消費都市であるからだ。旧ヨーロッパから見れば、アメリカはもちろん植民地である。だがそこでは健康で若々しい心臓が脈打っている。そこから生まれる文化は、今のところ、フランスのそれよりもはるかに未来性を持っている。だから日本のアメリカ化は、日本民族の若さを証明するものだ」

 

ツベルクリンは戦後生まれなので、当時の様子は分かりません。けれども、戦争に負けた日本がアメリカに一時的に占領される事実をすんなりと受け入れることができたのは、戦争が始まるずっと前から日本人が"アメリカ大好き"な国民だったからだと思ってしまうのです。

 

そして、『週刊朝日」の特集記事である「新洋画総まくり」にも、新しく公開されたアメリカ映画が登場します。

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1939年の雑誌ですから、アメリカと戦争を始めるほんの2年前なのですが、アメリカ映画をごり押ししています(´・ω・`) 

 

この当時は、日中戦争(日本と中国の戦争)が起こっており、アメリカは中国軍を裏から支援していたのです。なので、すでに日本とアメリカの関係は険悪になっていたのにも関わらず、アメリカ大好きな日本人は普通にアメリカ映画を見ていたのです。

 

紹介されている洋画を見ていきます。紹介文は、清水千代太(1900年~1991年)という、映画評論家が書いています。

 

 

『シカゴ』

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出典:シカゴ (1937年の映画) - Wikipedia

「最初に登場するのは20世紀FOXの"シカゴ"である。名高いシカゴ大火があったのは1871年のことだそうである。この映画はこれをクライマックスに取り入れた大掛かりなメロドラマだ。(中略)アリス・ブラディはアカデミー助演女優賞を貰っている。しかし、僕の見るところではむしろ感服できない演技である(中略)大火の場面もまるで迫力が無い」

 

いきなり火の玉ストレートの辛口評価です(´・ω・`)

 

『ステージドア』

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「エドナ・ファーバーとジョージ・S・カウフマン合作の舞台劇の映画化である。舞台のスターを夢見る女性たちの生活、喜びと悲しみとを描いたものが原作(中略)この映画はもっぱら舞台劇を、舞台の演出家を嘲弄(ちょうろう、馬鹿にしていること)している。この映画は改悪であるとアメリカでも評されている。この映画の製作スタッフは自分の顔に泥を塗っているようなものだ。それでも、この映画は最近の映画としては佳作、いや傑作であり、アメリカ映画としては見ごたえのあるものであることは違いない」

 

やっぱり火の玉ストレートを投げ込んでますが、"傑作"らしい(;・∀・)

 

 

『マルコ・ポーロの冒険』

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出典:https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=1100230

「サミユエル・ゴールドウィンが製作した"マルコポーロの冒険"はゲイリー・クーパーをマルコポーロに仕立てたロマンスと冒険を描いた映画である(中略)ゲイリー・クーパーが扮するマルコ・ポーロは我々が考えるマルコ・ポーロとはだいぶ違う。いつものゲイリー・クーパーである。しかし、彼の風格はやはりこの映画を堂々と背負っている。彼のように、パーソナリティだけで、ろくに演技らしいものはなくても、映画をもたせるということは誰にでも出来ることではない。このマルコポーロにしても、別に良いところは無いのだが、なんとなく魅力があるのだから妙なものである。(中略)何といっても今春の娯楽映画の最高峰である」

 

褒めているのか、けなしているのか分かりませんが、とりあえず1939年春の最高峰映画らしいです。ゲイリー・クーパーという俳優は、今でいう木村拓哉が『キムタクはどんな役をやってもキムタク』と評されるように、『クーパーは何をやってもクーパー』みたいな俳優だったのでしょう。

 

 

『典型紳士読本』

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出典:マイケル・カーティス - Wikipedia

「"典型紳士読本"は、サミユエル・ホプキンスが書いた小説"ある夜の出来事"の映画化である。しかし、脚本が平凡なのと監督のマイケル・カーティス(上の写真)の精彩に欠ける演出で、典型的なアメリカ通俗映画となった。材料は確かに面白くなるはずのものだが、凡骨(ぼんこつ、とりえの無く平凡という意味)カーティスでは生かしきれなかった。」

 

もはや個人的な恨みがあるかのような批評っぷりを清水氏は展開します。ダメ出しされたマイケル・カーティス監督ですが、その彼が3年後に製作した映画がこちらです。

 

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出典:https://www.amazon.co.jp

1942年公開『カサブランカ』

〇1942年度アカデミー監督賞、作品賞、脚色賞受賞

〇歴代アメリカ映画ベスト100 第3位(2007年集計)

〇アメリカの情熱的な映画 第1位(2002年集計)

〇アメリカ映画名セリフランキング 第5位(2005年集計)

→ランキングインした名セリフ「君の瞳に乾杯」
カーティス監督も『清水ざまぁww(^ω^)』と思っていたことでしょう(面識ないと思うけど)

 

あと、清水氏はこの『典型紳士読本』に出演している女優について、こう述べています。

 

 

 

 

 

「ジョーン・ブロンデル(女優)は割合良いが、だいぶ小じわが増えたようである」

 

 

 

 

 

余計なお世話だ(´・ω・`)


 

まとめ 

ご覧いただきありがとうございました。80年前の雑誌を見ていくと、当時の人々の様子とか価値観が分かって面白いなと思います(読者の方が面白いと思ってくださっているかどうかについては不明というか気にしない)

 

twitterのフォロワーさんに当ブログ『日常にツベルクリン注射を‥』の紹介動画を作って頂きました!! 

 

先日の"80年前のガールズトークをのぞいてみる記事"をご紹介して頂きました。

この記事です。ありがとうございました!!

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